HOME > TOPICS > 企業内第三者承継を成功させるポイント
中小企業では、親族に後継者が見つからず、会社の役員や従業員が事業を引き継ぐケースが少なくありません。今回は、実際の事例を参考に、企業内第三者承継を成功に導くポイントを紹介します。
創業40年を超える卸売業の社長は80歳を目前に控え、後継者問題に直面していました。
娘2人はいずれも非同業の家庭を持ち、右腕として支えてきた役員2人も退任を希望。親族内承継が不可能な中、選択肢は「M&A」か「社内承継」の二択に。
社長が引退意向を伝えると、ある従業員が「自分が継ぎたい」と手を挙げました。その姿勢に心を動かされた社長は、他の従業員とも相談した上で、社内承継を決断。
こうして後継者問題を社内で解決できた背景には、いくつかの重要な要因がありました。そのうち最も大きかったのが、創業時から公私の区別を明確にして経理を徹底し、組織の運営体制を整備していたことです。
【成功要因①】経営の透明化と数字への強さ |
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【成功要因②】借入のない財務体質 |
無借金経営だったことが、従業員にとって「安心して継げる企業」と映り、承継の心理的ハードルを下げた。 |
もっとも、後継者が決まってからも、退職金や貸付金の返済、株式の相続税評価額といった問題への対応は避けて通れませんでした。現社長が退任時に受け取りたいと希望した退職金や貸付金の返済をどうするか、会社の資金繰りに支障は出ないかが懸念されたのです。
最終的には、退職金の金額を8,500万円に調整し、損金算入が認められる範囲内で後継者の経営を圧迫しない方法を選びました。これによって、新社長は自社の経営資源を活かしつつ、必要に応じて銀行借入を検討する余裕も得られました。
さらに、自社株の評価額が高いまま丸ごと贈与すると、贈与税の負担が過大になるため、退職金の支給によって株価を下げる工夫も行われています。結果として評価額は2,000万円まで下がりましたが、暦年課税で贈与すると695万円の税額が見込まれたため、特例事業承継税制を使うかどうかも検討されました。
しかし、前社長が亡くなる際の相続税負担増を考慮し、当面は株式の過半数を前社長が保有して株主として残り、残りの半数弱を新社長へ贈与する形で折り合いをつけました。配当還元価額による株式評価が適用されることで、相続税評価額をさらに抑えられる可能性が高くなり、経営の実権は新社長が握りながら、前社長とも必要に応じて情報共有を続ける体制が整いました。
このように、企業内承継を成功させるためには、会社の財務体制や株式の評価額などを見直し、後継者が安心して経営を引き受けられる条件を整備することが欠かせません。特に、中小企業では借入金の有無や退職金の取り扱いが経営の安定に大きく影響します。今回の事例が示すように、経営の“見える化”や無借金経営の実践は、後継者のモチベーションを高めるうえでも大きなメリットになるのです。
特例事業承継税制と遺言でスムーズに株式を承継
株式会社スムラ代表取締役安村主一氏“外からの視点”を活かした業務改善
株式会社スムラでは、神奈川県を中心に、ノーリツ社のアフターサービス代行を手がけ、給湯器の修理やメンテナンスなどを請け負っています。二代目となる安村圭一氏は、大学卒業後にスポーツインストラクターとして働いていましたが、高齢者事業への興味をきっかけに、同社が高齢者施設の設備点検を行っている事業内容に惹かれ、先代社長である父に相談したところ、そのまま後継者として入社することになりました。
安村氏は31歳で同社に入り、現場研修ののち管理部門へ配属されます。当時は社員の離職率が高いことが課題であり、「このままではいけない」という危機感から、研修の機会を増やして営業所間のコミュニケーションを活性化しました。さらにTKCシステムを導入して、営業所ごとの部門別業績管理を徹底し、経営の見える化にも積極的に取り組みます。安村氏は、「自分は畑違いの分野出身で、足りない部分を埋める感覚だった」と振り返ります。これは技術者だった先代社長が、業務改善や経営管理を安村氏に一任していたことも大きく、親子ながら“外からの視点”を柔軟に取り入れた結果といえます。
その後、安村氏は2010年に38歳で代表取締役に就任し、株式評価額の高さに備えて特例事業承継税制を利用するための準備を顧問税理士とともに進めていました。しかし2018年に先代が逝去し、結果的には相続による株式承継に切り替わります。すでに特例承継計画を提出していたため相続税の納税猶予が適用され、遺言書の整備も進んでいたことで、自社株や事業用資産が分散することなくスムーズに引き継ぐことができました。
安村氏は、これからの方針として「社員教育に一層力を入れて、50代の社員が60代になっても生き生きと働ける環境をつくりたい」と語っています。今後も現場の技術力を高め、質の高いサービスの提供を目指すという姿勢を示し、外からの視点と内部リソースの調和によって、企業としてさらなる成長を図っています。